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大阪地方裁判所 平成11年(ワ)5601号 判決

甲事件原告兼乙事件被告

政宗洋(以下「原告政宗」という。)

甲事件原告兼乙事件被告

西村年史(以下「原告西村」という。)

甲事件原告兼乙事件被告

上原剛(以下「原告上原」という。)

甲事件原告兼乙事件被告

松本勝也(以下「原告松本」という。)

甲事件原告兼乙事件被告

髙橋幸一郎(以下「原告髙橋」という。)

甲事件原告兼丙事件被告

高畑晃(以下「原告高畑」という。)

乙事件被告

池辺諭(以下「被告池辺」という。)

乙事件被告

吉中加奈(以下「被告吉中」という。)

乙事件被告

吉中輝幸(以下「被告輝幸」という。)

乙事件被告

森谷千代子(以下「被告森谷」という。)

右10名訴訟代理人弁護士

村尾勝利

乙事件被告兼丁事件被告

石井薫(以下「被告石井」という。)

乙事件被告

有限会社イーデス・スポーツクラブ(以下「被告イーデス」という。)

右代表者代表取締役

吉岡勝利

乙事件被告

吉岡勝利(以下「被告吉岡」という。)

右3名訴訟代理人弁護士

坂本好男

甲事件被告兼乙,丙,丁事件原告

株式会社ジャクパコーポレーション(以下「被告ジャクパ」という。)

右代表者代表取締役

五十嵐勝雄

右訴訟代理人弁護士

坂本誠一

主文

一  被告ジャクパは,原告政宗に対し163万6250円,原告西村に対し150万8750円,原告上原に対し68万7000円,原告松本に対し48万0500円,原告髙橋に対し30万7000円,原告高畑に対し21万1000円及びこれらに対する平成11年6月9日から各支払済みまで各年5分の割合による金員を支払え。

二  被告石井は,被告ジャクパに対し,210万円及びこれに対する平成10年4月28日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

三  原告政宗,同西村,同上原,同松本,同髙橋,同高畑の被告ジャクパに対するその余の請求,被告ジャクパの被告石井に対するその余の請求,被告ジャクパの原告政宗,同西村,同上原,同松本,同髙橋,同高畑,被告池辺,同吉中,同輝幸,同森谷,同イーデス及び同吉岡に対する請求はいずれも棄却する。

四  訴訟費用のうち,

(一)  原告政宗,同西村,同上原,同松本,同髙橋及び同高畑に生じた各費用の9割を被告ジャクパの負担とし,被告ジャクパに生じた費用の1割と右原告らに生じたその余の費用を同原告らの負担とし(ママ)

(二)  被告吉岡,被告森谷及び被告イーデスに生じた費用はいずれも被告ジャクパの負担とし,

(三)  被告石井に生じた費用の9割5分を被告ジャクパの負担とし,被告ジャクパに生じた費用の5分と被告石井に生じたその余の費用を被告石井の負担とし,

(四)  被告ジャクパに生じたその余の費用は同被告の負担とする。

五  この判決は,第一項及び第二項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

(甲事件)

被告ジャクパは,原告政宗に対し385万円,原告西村に対し355万円,原告上原に対し137万4000円,原告松本に対し96万1000円,原告髙橋に対し61万4000円,原告高畑に対し42万2000円及びこれら各金員に対する訴状送達の日の翌日である平成11年6月9日から各支払済みまで各年5分の割合による金員を支払え。

(乙事件)

被告石井,原告政宗,同西村,同上原,同松本,同髙橋,被告池辺,同吉中,同輝幸,同森谷,同イーデス及び同吉岡は,各自,被告ジャクパに対し,4893万2596円及びこれに対する平成11年4月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

(丙事件)

原告高畑は,被告ジャクパに対し,4893万2596円及びこれに対する平成11年4月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

(丁事件)

被告石井は,被告ジャクパに対し,470万円及びこれに対する平成10年4月28日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

甲事件は,被告ジャクパのもと従業員であり,同社を退職した原告政宗ほか同事件原告らが被告ジャクパに対し退職金の支払を求めた事件であり,乙事件及び丙事件は,被告ジャクパが,もと従業員であった被告石井,原告政宗,原告西村,同上原,同松本,同髙橋,同高畑,被告池辺,同吉中及び同吉岡に対しては,同人らが共謀して被告ジャクパの顧客を奪取する等の不法行為をしたと主張し,被告イーデスに対しては,右被告石井らの使用者責任を主張し,被告輝幸及び同森谷に対しては,被告吉中の身元保証契約に基づくと主張し,右不法行為の損害賠償を請求した事件であり,丁事件は,被告ジャクパが,被告石井に対し,退職金不支給事由があったにもかから(ママ)ず同被告が退職金を利得していると主張して退職金相当額の不当利得の返還を請求した事件である。

一  前提事実(当事者間に争いのない事実及び証拠上明らかな事実)

1  当事者等

(一) 被告ジャクパは,幼稚園等における体育指導等の業務委託を受けて園児らに対する体育指導等を行うことを主たる業務とする会社である。

(二) 被告石井は,昭和52年4月に被告ジャクパに入社し,平成5年4月から関西方面部長,平成9年4月から営業部長兼体育事業部長の職にあったが,平成10年3月31日をもって退職した。

原告政宗,同西村,同上原,同松本,同髙橋,同高畑,被告池辺,被告吉中は,いずれももと被告ジャクパの従業員であったが,平成11年3月31日をもって同社を退職した。被告ジャクパ在職中の平成10年ころ,原告政宗は被告ジャクパの大阪支部長,原告西村は岸和田支部長の職にあったが,いずれも同年12月9日支部長を解任された。

(三) 被告輝幸は被告吉中の父であり,被告森中(ママ)は被告吉中の祖母であって,両名は,平成9年4月8日,被告吉中が被告ジャクパに入社するに当たり,身元保証人として,被告ジャクパに対し,被告吉中の就業規則違反行為によって被告ジャクパに生じさせた損害について被告吉中と連帯して賠償責任を負う旨の身元保証契約をした。

(四) 被告イーデスは,平成11年4月8日,幼稚園等における体育指導等の業務委託を受けて園児らに対する体育指導等を行うこと主たる目的として設立された会社である。

被告吉岡は,被告石井の妻の父であり,被告イーデスの代表者である。

2  被告石井ら退職前後の状況

(一) 被告ジャクパと顧客幼稚園との体育等指導業務委託契約は,4か月前までに相手方に対し書面で更新拒絶を通知しない限り,同じ条件で2年間更新されることとされている。

次の幼稚園(以下「解約幼稚園」という。)は,被告ジャクパの顧客であったが,平成10年11月ころになされた幼稚園側からの更新拒絶の申出により,平成11年3月31日の期間満了をもって被告ジャクパとの正課及び課外の体育指導業務委託契約が解消された。

(1) 学校法人進修幼稚園

(2) 学校法人阿部野学園幼稚園

(3) 学校法人誠華学園

(4) 菅原天満幼稚園

(5) 学校法人ザビエル学園海星幼稚園

(6) 学校法人岸和田いずみ幼稚園

(7) 学校法人南港さくら幼稚園

(二) 被告石井,原告政宗,同西村,同上原,同松本,同髙橋,同高畑,被告池辺,被告吉中は,被告ジャクパ退職後,平成11年4月から被告イーデスの従業員として,同社が体育指導等を受託した幼稚園等で体育指導等を行っている。

解約幼稚園は被告イーデスと体育指導等の業務委託契約を締結しており,右被告らも平成11年4月以降これらの解約幼稚園で体育指導を行うなどしている。

3  原告政宗らの退職金額と被告石井への退職金支給

(一) 被告ジャクパの退職金規程によって算定した原告政宗らの退職金(年度末退職加給金を含む。)の額は次のとおりである。

(1) 原告政宗 327万2500円

(2) 原告西村 301万7500円(但し,自己都合退職とした場合)

(3) 原告上原 137万4000円

(4) 原告松本 96万1000円

(5) 原告髙橋 61万4000円

(6) 原告高畑 42万2000円

(二) 被告ジャクパは,被告石井の退職に当たり,従業員退職金規程の定めに基づき,同被告に対し,平成10年4月27日,退職金420万円及び功労金50万円の合計470万円を支給した。

4  就業規則,退職金規程

(一) 被告ジャクパの就業規則には以下の規定がある。

14条「従業員は,次の事項を遵守しなければならない。

一  法令及びこの規則,その他会社の諸規程を守り,上長の指示命令に従うこと。

七 許可なく自己の営業をし,あるいは不正な手段で自己の営利を画策し,又は他の会社の役職員となり,その仕事に従事してはならない。」

56条2項「第一号ないし第八号の事由に該当する時は,当該各号所定の制裁を行うものとする。

(三)会社の金品を着服,横領,窃取,騙し取り,あるいは背任行為をした時は,懲戒解雇または解雇とする。」

59条「制裁の種類及び程度は次のとおりとする。

(九)懲戒解雇 予告期間を設ける事なく即刻解雇する。

この場合において,労働基準監督署長の除外の認定を設けた時は,予告手当を支給しない。退職金は,原則として不支給とする。」

(二) 被告ジャクパの退職金規程には次の規定がある。

4条「従業員が次の各号の一に該当する時は,退職金を支給しない。

(一)従業員の責に帰すべき事由により,懲戒解雇された者

(二)不正な手段をもって,会社の利益に反して在職中に,自己の会社と同種の営業を企画活動した者,及び他への就職活動をした者」

8条2項「退職後1年以内に従業員の勤務地内,若しくはこれに隣接する行政区画内同業他社へ転職するとき,若しくは同様の営業をなすとき,同業他社の役員に就任するときは,前項の退職金支給金額及び年度末加給金の2分の1の乗率によりこれを支給する。

この際,自ら又は同業他社(者)の意を受けて,従業員の引き抜きをなした場合は,第4条に準じ不支給とする。」

11条「指導職の場合は,その職務の性質上,また後任人材確保の必要上12月25日までに申出て,3月31日までの指導職務を完了し,円滑に引継ぎを完了した場合,年度末退職加給金を別表の通り支給する。

但し,有給休暇を振り当てて,3月末日までを勤務とした場合は該当しない。」

二  本件の争点

1  被告ジャクパが被告石井,原告政宗,同西村,同上原,同松本,同髙橋,同高畑,被告池辺,被告吉中,被告輝幸,被告森中(ママ),被告イーデス及び被告吉岡に対し,顧客奪取の不法行為による損害賠償請求権を有するか(乙,丙事件)

2  原告政宗,同西村,同上原,同松本,同髙橋及び同高畑が被告ジャクパに退職金請求権を有するか(退職金不支給事由があるか)(甲事件)

3  被告石井に被告ジャクパへの退職金返還義務があるか(丁事件)

第3当事者の主張

一  争点1(被告ジャクパの損害賠償請求権の有無)について

1  被告ジャクパの主張

(一) 被告石井らの不法行為責任

(1) 被告ジャクパでは,就業規則において,従業員の在職中の営利画策の禁止(14条7号),背任に対する懲戒解雇(56条2項3号,59条9号)を規定し,退職金規程において,同種営業の企画活動の禁止(4条1項2号),退職後の従業員の引き抜き行為の禁止(8条2項)を規定しており,被告石井ほかもと被告ジャクパの従業員であった原被告らもこのことは熟知していた。

しかるに,被告石井は,被告ジャクパ退職後間もなく,自ら主体となって体育指導業務等を受託し利益を得ることを企画するようになり,それには顧客と指導者が不可欠であるところ,新規顧客の開拓は困難であるが,顧客を獲得すれば指導者が,指導者を獲得すれば顧客の獲得ができるという関係にあることから,被告ジャクパから指導者及び顧客の獲得を企てるに至った。

被告石井と原告政宗及び同西村とは,かねてから被告ジャクパに対する反感を共感し合う関係にあった。また,被告石井は,平成10年7月から8月にかけ,原告上原,同松本,同髙橋,同高畑,被告吉中に対し,同人らが被告ジャクパでの労働時間等の不満を抱いていることを奇貨として,自らの事業内容や目的等を述べ,労働条件の改善方を約束するなどの方法により引き抜きの勧誘を行い,被告池辺に対しても平成11年1月ころ,同様の勧誘を行い,これらの原被告らをして被告石井の新会社で体育指導業務を行うとの決意をなさしめた。

こうして,被告石井,原告政宗,同西村,同上原,同松本,同髙橋,同高畑,被告池辺,同吉中は,被告ジャクパの顧客幼稚園に対する体育指導業務等を自ら受託して利益を得,被告ジャクパに損害を加えることを共謀するに至った。

被告石井は,平成10年10月以降,被告ジャクパの顧客幼稚園獲得のための積極的な営業活動を展開し,同年11月末ころまでに解約幼稚園をして被告ジャクパとの正課体育委託契約や課外スポーツ教室委託契約などを解約させるとともに被告イーデスをして右各業務を受託することの内諾を取り付け,その後被告イーデスにおいて右各業務の委託を受け,平成11年4月から体育指導等の業務を開始した。

また,この間の平成10年12月下旬ころのスケート教室の際,原告西村及び同松本は,被告ジャクパの従業員田代に対して,被告石井の新会社への引き抜き工作を行った。

被告吉岡は,被告石井らの右企図目的を知悉しながら,これらと共謀し,被告イーデスの代表者として,解約幼稚園などからの委託業務を受託した。

被告石井以下10名の右行為は民法709条の不法行為に該当するので,同被告らにはこれによって被告ジャクパに生じた損害を賠償すべき責任がある。

(2) 被告石井ら9名が平成11年4月から右解約幼稚園などで行った体育指導業務は右のとおり不法行為の一環をなすものであるが,これは被告石井らが被告イーデスの従業員としてなしたものであり,その事業の執行についてなされたものであるから,被告イーデスは民法715条1項による使用者責任を負う。

(3) 被告輝幸及び被告森谷は,被告吉中の身元保証人であるから,身元保証契約に基づき被告吉中と同様の責任を負う。

(二) 被告ジャクパの損害

被告石井らの右不法行為によって解約された解約幼稚園との正課体育委託契約やその父兄との課外スポーツ教室は,別紙「解約一覧表」〈略〉記載のとおりであり,右の不法行為がなければこれらの各契約は平成11年4月以降少なくとも1年間は継続されていたはずである。

右解約によって,被告ジャクパは別紙「損害金計算書」〈略〉記載のとおり,契約金額から経費を控除した4893万2596円の損害を被った。

(三) よって,被告ジャクパは,被告石井らに対し右損害の賠償と遅延損害金の支払を求める。

2  被告石井,同吉岡及び被告イーデス

被告石井は,被告ジャクパの従業員の引き抜きや顧客奪取行為は何ら行っていない。

原告政宗らが被告ジャクパを退職したのは,同原告らに被告ジャクパの労働条件等への不満があったことによるものであるし,退職後被告イーデスに就職したのも被告石井に共鳴する同原告らの自由意思によるものであって,被告石井が被告イーデスへの(ママ)来るよう勧誘したりしたことはない。

被告石井は,被告ジャクパ退職後,解約幼稚園に出入りし,「チャンスをください」などと話したことはあるが,それらの幼稚園に対して,体育指導等の委託業務を被告ジャクパから被告イーデスへ乗り換えるようにとの働きかけなどは行っておらず,解約幼稚園が被告ジャクパとの委託契約を解約し,被告イーデスとの委託契約を締結するに至ったのは委託料その他の契約条件について,それぞれの幼稚園の判断に基づく自由な選択の結果である。被告ジャクパと顧客幼稚園との契約は被告ジャクパの既得権ではないのであり,解約幼稚園がいずれの業者と委託契約を締結するかは各幼稚園の自由である。

したがって,被告石井らに不法行為が成立する余地はない。

3  原告政宗,同西村,同上原,同松本,同髙橋,同高畑,被告池辺,同吉中,同輝幸,同森谷

原告政宗らは,解約幼稚園からの委託契約の更新許(ママ)否に一切関与していない。

従前から,各幼稚園に対する営業活動や契約交渉は主として被告石井が行ってきており,原告政宗らは,各幼稚園経営者との人的なつながりも希薄であって,委託契約を更新させるか否かに影響力を行使できる立場にはなかった。解約幼稚園が被告ジャクパとの契約更新を拒否し,被告イーデスと委託契約を締結することになったのは,被告石井への個人的信頼などからであって,これについて被告ジャクパが既得権を有するものではなく,権利侵害自体が存しない。

原告政宗らが被告ジャクパを退職したのは,基本的には,長時間労働の常態化や体育と関係のない物品販売活動に従事させられるといった労働条件への不満,派遣職員がいないにもかかわらず顧客幼稚園の新規開拓を命じてきたり,体育指導以外の新規事業に資金を注ぎ込み,これに失敗しても経営陣が責任が追及されることがないといった経営方針への不信などによるものであり,各自,自らの意思で退職を決意した。被告ジャクパの就業規則その他には同業他杜への就職等競業を禁止する規程は存しないし,原告政宗らが被告ジャクパの従業員の引き抜きを行ったという事実もない。

したがって,原告政宗らの行為が不法行為に該当する余地はない。

二  争点2(原告政宗らの退職金請求権の有無)について

1  原告政宗ら

(一) 原告らは,いずれも平成11年3月31日をもって被告ジャクパを退職したのであるから,退職金請求権を有する。

また,原告政宗及び同西村を除く原告らはいずれも指導職であって,平成10年12月25日までに退職申出をして平成11年3月31日までに指導職務を完了し,円滑に引継ぎを終えているので被告ジャクパの退職金規程11条による年度末退職加給金請求権を有する。

原告西村を除く原告らの退職は自己都合退職である(その退職金額は「(ママ)前記「前提事実」記載のとおり。)が,原告西村は平成11年3月になって突然東京転勤を命じられやむなく退職することになったものであるから会社都合退職というべきであり,その場合の退職金額は355万円である。

よって,原告らは,退職金(原告西村については会社都合退職による355万円,その余の原告らは自己都合退職の場合の退職金額)及び年度末退職加給金とこれらに対する遅延損害金の支払を求める。

(二) 被告ジャクパの主張に対する反論

原告政宗らは,被告ジャクパから懲戒解雇されたものではない。

原告政宗らは,被告ジャクパの顧客奪取や従業員引き抜き等は何ら行っていた(ママ)ないし,これに関して被告石井らと共謀した事実もない。

原告政宗らは,被告ジャクパ退職前から被告イーデスに就職することを決めていたし,現に被告イーデスに就職して同社で体育指導等に当たってはいるが,このこと自体は,なんら被告ジャクパの退職金規程4条2項に該当するものではない。

また,右退職金規程8条2項は,従業員が退職後同業他社に就職することにより被告ジャクパが被るおそれのある営業上の不利益を防止するための規程にすぎず,かかる規程を有効とするためには十分な代償措置の講じられていることが必要というべきところ,被告ジャクパにおいては,何らの代償措置も講じられていないから,右規程は公序良俗に反して無効というべきである。

2  被告ジャクパ

原告政宗らは,被告石井の勧誘に応じて前記一1(一)の「被告石井らの不法行為責任」記載の不法行為を行い,平成11年4月から被告イーデスの社員としてその体育指導業務を開始した。

原告政宗らの右行為は,被告ジャクパに対する背任行為であり,同社就業規則56条2項3号,59条9号に該当し,同社の退職金規程4条2号の退職金不支給事由に該当する。

また,原告西村及び松本が,田代に対する引き抜き工作を行ったことは同規程8条2項後段の不支給事由にも該当する。

さらに,原告政宗らが退職願を提出したのは,平成11年1月になってからであった。

よって,原告政宗らに退職金及び年度末退職加給金の請求権はない。

三  争点3(被告石井の退職金返還義務)について

1  被告ジャクパ

被告石井は,前記一1(一)の「被告石井らの不法行為責任」記載の不法行為を行い,平成11年4月から被告イーデスの社員としてその体育指導業務を開始した。被告石井の右行為は,退職金規程8条2項後段の退職金不支給事由に該当する。

被告石井は,被告ジャクパから退職金の支給を受ける資格がないにもかかわらず,退職金及び功労金合計470万円を受給し,これを不当に利得して被告ジャクパに損失を与えている。

よって,被告ジャクパは,被告石井に対し,右不当利得及びこれに対する受給日の翌日である平成11年4月28日から支払済みまで年6分の割合による金員(民法704条の利息の請求であると解される。)の支払を求める。

2  被告石井

被告石井は,被告ジャクパの従業員の引き抜きを行ったことはなく,被告ジャクパが主張する退職金不支給事由に該当するものではない。

退職金が在職中の賃金を補充し,退職後の生活を安定なさしめるものであることから考えて,退職後の行動如何によって不当利得となることはあり得ない。

仮に,被告の主張する事実があるとしても,就業規則は在職者を適用対象とするものであり,退職者には適用されるものではない。

第四当裁判所の判断

一  争点1(被告ジャクパの損害賠償請求権の有無)について

1  証拠(〈証拠・人証略〉)によれば,以下の事実が認められ,この認定を左右するに足る証拠はない。

(1) 被告石井は,昭和58年4月に被告ジャクパの大阪支部長に就任し,関西方面部長を経て,平成10年3月に営業部長兼体育事業部長として退職するまで,主として関西地区で,自らも体育指導を行うとともに新規顧客の開拓や委託契約の継続交渉等を中心となって推進してきた。

このため,被告ジャクパの大阪支部及び岸和田支部の従業員の中には,被告ジャクパを退職して被告イーデスに就職した原告政宗ら以外でも被告石井を慕う者は少なくない。

被告石井は,被告ジャクパから平成10年4月以降の東京本社転勤を命じられ,1年の猶予を申し出るなどしたものの入れられなかったことから,これを不服として同年3月をもって退職したもので,退職後も体育指導業務に従事したいとの希望は維持し続けており,ただ,被告ジャクパの退職金規程等に抵触することを懸念し1年間の間隔を置いたうえで,新会社を設立するなどして体育指導業務を受託することを計画していた。

(2) 被告石井は,平成10年7月ころから同年11月ころまでにかけて,原告上原,同松本に中元の答礼のために電話連絡しその後面談するなどした際に,また原告高橋,被告高畑及び同吉中とも一,二度面談するなどした際に,同人らから被告ジャクパでの労働条件について,書類作成等のため時間外勤務を強いられるがこれに対する時間外手当の支給もないこと,有給休暇が取れないこと,希望に沿う体育指導をさせて貰えないこと,体育指導業務以外にも浄水器等の物品販売に従事させられること等に対し不満を有していることを述べられ,これに対し,被告石井が新会社設立を計画していることや新会社での事業内容,予定している労働条件を話すなどして,同人らから被告ジャクパを退職して新会社へ就職することの内諾を得た。

なお,このほかにも被告石井は,同年10月ころ,被告ジャクパの従業員池田修三に,早くみんなを呼べる位の会社を作りたいと述べたり,同じころ被告ジャクパの従業員神部茂幸の自宅に電話して被告ジャクパに対して不満はないかと問うたりしたことがある。

また,被告石井は,平成10年10月ころから,解約幼稚園を含む大阪近郊の幼稚園に挨拶回りをするようになり,その際,新会社での事業計画等を述べるとともに,「チャンスを頂きたい」と要望するなどした。

(3) 平成10年3月当時の被告ジャクパの大阪支部は,指導職20名,事務職4名,岸和田支部は指導職8名,事務職2名という構成であった。

被告ジャクパでは,体育指導等を受託している幼稚園に派遣する指導職の人員を確保する必要から,毎年10月末から11月にかけて,指導職に対し,継続勤務が可能か否かの志望調査を行っているが,平成10年度の調査では,大阪支部で原告上原,同髙橋ほか1名が,また,岸和田支部で原告松本,同高畑及び被告吉中が退職を希望した。原告上原,同髙橋,同松本,同高畑及び被告吉中が被告ジャクパに申告した退職理由はまちまちであったが,いずれも,被告石井の計画している新会社への転職を理由とするものではなかった。

この当時,原告上原はみしま,阿部野学園,聖ケ丘,真愛,せいか及びあけぼの各幼稚園で,原告髙橋は青い鳥第二,鶴が丘,湯里及び菅原天満の各幼稚園で,原告松本は雄湊,おのみなと紀泉台,教円・みどり及びおしおの各幼稚園で,原告高畑は海星,南港さくら及び和泉カトリックの各幼稚園で,また被告吉中は教円,海星,南港さくら,岸和田いずみの各幼稚園及び道教寺保育園で,それぞれ正課及び課外の体育指導を担当していたが,同人らが担当幼稚園や保育園に対して自ら退職する旨を述べることはなかった(原告上原は退職間際になって支部長から各園に知らされるまで退職する旨を明かしたことはなく,原告髙橋も平成11年2月下旬になって菅原天満幼稚園で園長から問われて転職する旨答えたのみであり,原告高畑も平成10年11月末ころ海星及び和泉カトリックの各幼稚園で園長から問われて曖昧な返答をしたのみである)。

(5) 被告ジャクパと幼稚園との体育指導業務等委託契約には,期間満了の4か月前までに更新拒絶を書面で通知しなければならず,これに違約したときは講師指導料月額の3か月分を相手方に支払うこととする約定がおり込まれている。

被告ジャクパと解約幼稚園との契約期間はいずれも平成11年3月末日までとされていたが,解約幼稚園はいずれも,被告ジャクパに対し,平成10年11月20日ないし28日までの日付による書面で次期以降の契約更新許否の通知をしてきた。そのほか同時期に和泉カトリック幼稚園等も更新許否の通知をしてきた。

右更新拒絶に至るまでの解約幼稚園と被告ジャクパとの委託契約の期間は,阿倍野,岸和田いずみ及び菅原天満幼稚園がいずれも16年以上,南港さくら幼稚園が15年,海星幼稚園が14年,進修幼稚園が8年,誠華幼稚園が15年に及ぶというものであった。

(6) 右の解約申入れに対し,被告ジャクパ代表者は,常務取締役の井上や支部長の原告政宗,同西村らとともに,解約幼稚園を訪問して,翻意を促し契約の再更新を依頼するなどしたが,各幼稚園の対応等は以下のとおりであった。

ア 進修幼稚園は,被告ジャクパ代表者及び井上で訪問したが,園側の回答は,被告ジャクパに不満はないが,今回は他の業者に変えるというものであった。

なお,同幼稚園には,被告石井の妻の妹が教諭として勤めていたことがある。

イ 阿部野学園幼稚園は,被告ジャクパ代表者と原告政宗とで訪問したが,園側の回答は,ただ,被告ジャクパとの契約更新をやめるというのみで理由の説明は得られなかった。

なお,同幼稚園は,被告石井が被告ジャクパ退職前に体育指導を担当しており,右当時も子供が通園していて被告石井が送迎をしたり,運動会の手伝いをしたあ(ママ)りすることがあったほか,以前被告石井の妻が教諭として勤めていたこともあった。

ウ せいか(ママ)幼稚園は,被告ジャクパ代表者,井上及び原告政宗が訪問したが,誠華学園理事長からの説明では,今後は被告石井のところと契約したいので,被告ジャクパとは契約更新しないというものであった。

エ 菅原天満幼稚園は,被告ジャクパ代表者及び原告政宗が訪問し,さらに改めて井上,原告政宗がそれぞれ単独で訪問するなどしたが,園長の説明では,同じ神社系の阿部野学園幼稚園の先生から被告石井をよろしくと頼まれたからというのが契約更新許(ママ)否の主たる理由であった。

オ 海星幼稚園は原告西村が単独で訪問したが,園長の説明では,園長退職のため,白紙状態で次期園長に引き渡したくすべての契約を解消したというものであった。

カ 岸和田いずみ幼稚園は,被告ジャクパ代表者,井上及び原告西村が訪問したが,事務局長の説明では,外部業者との契約を全般的に見直しており,被告ジャクパとも一旦契約を解消するが今後どこに委託するかは未定で,被告ジャクパとも再委託の可能性はあるというものであった。

キ 南港さくら幼稚園は,被告ジャクパ代表者と井上で訪問し,別に原告西村も単独で訪問するなどしたが,被告代表者らが訪問したときの園長の説明では,来年1年間はどことも契約しないというものであった。

(7) 被告ジャクパでは,原告上原らの退職と解約幼稚園等からの契約更新許否が関係するものと考え,同年11月25日,代表者及び井上が,原告上原,同松本,同髙橋,同高畑,被告吉中を個別に呼び出し,退職理由を確認するなどしたうえで,退職後,指導担当幼稚園では,直接あるいは他団体に雇用されて,体育指導業務を行わないことを約する旨記載した誓約書を提出させた。

また,被告ジャクパは,同月26日,原告政宗及び同西村から,解約園の解約取消に努力する旨記載した誓約書を提出させ,さらに,同年12月2日,解約解消努力に関する報告の填末書,解約園を多出させたことについての謝罪と寛大な措置を願う旨記載した始末書をも提出させた。

このころ,原告政宗及び同西村は,労働組合結成を企図し,上部団体の指導のもとで退職意思を表明していた原告上原らを中心に組合加盟を勧誘するなどし,同年12月6日,結成集会をを(ママ)開催して,原告政宗が分会長,原告西村が副分会長,原告上原が書記長,原告松本が会計となり,地域労組城北友愛会ジャクパコーポレーション分会を結成した。

原告政宗らは,同月7日,被告ジャクパに対し書面で,分会結成を通知するとともに団体交渉の申入を行ったが,その要求事項には「退職後の職業選択の自由を保証すること」という項目も含まれていた。

被告ジャクパは,12月9日付けで原告政宗及び同西村を支部長から解任した。

(8) 被告ジャクパの大阪支部及び岸和田支部では,平成10年12月下旬,幼稚園児を対象とする両支部合同の2泊3日のスケート教室を開催したが,参加園児らを就寝させた夜の午後零時過ぎ,原告西村,同松本,指導職田代が飲酒し談話するなどしていた際,原告西村は田代に対し,翌年4月以降原告松本とともに転職することを勾(ママ)わす発言をしたことがあった。

(9) 被告石井は,平成11年1月ころ,岸和田いずみ幼稚園に教諭として勤務してた原告池辺の母から,被告池辺もよろしく頼むと依頼された。そこで,被告石井が被告池辺と面談したところ,同被告もまた被告ジャクパでの仕事量や賃金,休暇などの労働条件に不満を抱いており,被告ジャクパを退職して,被告石井の計画している会社に就職することとなった。

被告池辺が,被告ジャクパで担当していた幼稚園には岸和田いずみ幼稚園などがあるが,同被告が担当幼稚園に対し退職する旨を述べたことはない。

被告池辺は,同月16日,被告ジャクパに退職願を提出した。このため,被告ジャクパは,同日,被告池辺に,退職理由が同業他社への転職でないことを誓う旨の誓約書を提出させた。

(10) 原告政宗は,平成11年2月8日に退職願を提出して,同年3月末日で退職する旨の意思を表明した。同原告は,サニー幼稚園及び阿倍野幼稚園で正課及び課外の体育指導を担当していたが,担当園には在職の最終指導日まで退職する旨を話すことはなかった。

同原告が,本人尋問や陳述書(〈証拠略〉)で述べている主たる退職理由は,被告ジャクパ代表者との支部長解任はしないとの約定が存したにもかかわらず,これを解任されたことや平成10年冬季の賞与を減額されたことに対する不信等というものである。

(11) 原告西村は,平成11年2月22日,被告ジャクパの東京本部から自宅への電話で,同年4月以降の東京本部体育事業部への配置転換の連絡を受けた。

同原告は,同年3月15日,本部へ退職願を郵送し,同年3月末日で退職する旨の意思を表明した。同原告は,岸和田いずみ幼稚園で正課及び課外の体育指導を担当していたが,担当園にはそのころ退職する旨を話した。

同原告が,本人尋問や陳述書(〈証拠略〉)で述べている主たる退職理由は,提出物作成のため時間外労働を強いられるが,時間外手当は付かないこと,派遣する指導者の裏付けもなく新規顧客の開拓を求められること,体育指導に関係のない物品販売の(ママ)従事させられること等に対するかねてからの不満に加えて転勤理由等の説明もなく東京本部転勤を命じられたこと等というものである。

(12) 被告イーデスでは,体育指導業務は,被告石井,原告政宗,同西村,同上原,同松本,同髙橋,同高畑,被告池辺,同吉中に加え契約社員1名の10名で行っている。被告イーデスが体育指導等を受託している幼稚園は,解約幼稚園以外にもあるが,売上比率でみると解約幼稚園からの委託料が全体の約7割を占めている。

2  このほかにも,なお,被告ジャクパは,原告西村及び同松本が田代に対し転職を勧誘した事実があると主張し,田代の陳述書(〈証拠略〉)にも,これに沿う記載があるが,原告西村は,本人尋問や陳述書(〈証拠略〉)で,これを否定しているし,田代も,証人尋問ではこの点について曖昧な証言しかしておらず,これらに照らすと,勧誘の事実まで認定することはできない。

また,被告ジャクパは,委託契約更新許(ママ)否を申入れてきた幼稚園が多発した後の原告政宗及び同西村の言動は,極めて消極的なものであった等と主張し,被告ジャクパ代表者が,尋問でも同旨を述べるなどしているが,主観的な評価に関わるものであるし,現に原告政宗らは単独でも更新許(ママ)否を通告してきた幼稚園を回って翻意を促すなどしている事実が認められるのであるから,被告ジャクパの右主張は採用できない。

3  そこで,以下では右認定事実によって判断する。

(一) 被告石井は,被告ジャクパ従業員の引き抜きや顧客奪取等は行っていないと主張するが,少なくとも原告上原,同松本,同髙橋,同高畑及び被告池辺,被告吉中は,いずれがその交渉の契機を作ったかはともかく,結局のところ,電話や面談で被告石井から,同人が計画している新会社での業務や予定している労働条件等を示されるなどした結果,被告ジャクパを退職して被告石井の新会社へ就職することを決意するに至っているのであるから,被告石井は従業員獲得のための勧誘行為をしたものというべきであるし,平成10年10月ころから被告石井が大阪近辺の幼稚園に挨拶回りをして「チャンスを下さい」と述べるなどしていたことは,まさに顧客獲得のための営業活動そのものというべきであり,解約幼稚園が被告イーデスとの体育指導等の委託契約を締結するに至ったのも,かかる被告石井の営業活動の結果であると認められる。そして,被告石井らが被告イーデスで幼稚園等との委託契約に基づく体育指導業務に従事していることが,被告ジャクパとの競業行為に該当することはいうまでもない。

(二) ところで,労働者は,就業規則等による具体的な定めがなくとも,労働契約に付随する信義則上の義務として,労働契約継続中は使用者の利益に著しく反する競業行為を差し控えるべき義務を負うと解すべきであるが,労働契約終了後は,そのような競業避止義務を当然かつ一般的に負うものではなく,競業行為によって使用者の営業秘密が他企業に流出し,使用者の決定的な打撃を受けるなどといった特殊な場合を除き,自ら主体となりあるいは同業他社へ就職するなどして退職前の使用者との競業行為に従事することも,これを自由に行いうるのが原則である。その際,退職前の使用者の顧客に対する営業活動を行ってはならないなどの義務が当然に生じるものでもない。したがって,退職後の競業行為が退職前の使用者に対する関係で不法行為となるためには,それが著しく社会的相当性を欠く手段,態様において行われた場合等に限られると解する。

これに関して,被告ジャクパは,退職金規程8条2項において退職後の競業行為を禁止していると主張するが,これは,退職金の支給条件(減額,不支給事由)を定めた規程であり,これをもって一般的に退職後の競業行為を禁止したものと解することはできず,他に,被告ジャクパの就業規則等には退職後の競業行為などを禁じる規程はない。

また,被告ジャクパは,指導者の獲得は同時にその指導者が担当する顧客幼稚園の獲得にも繋がるかのように主張する。確かに,園児の体育指導という業務の性質上,これを委託する幼稚園としては信頼できる指導者を希望するのは当然であるから,いかなる指導者が存するかが委託契約の新規締結,維持,解消に影響する部分は少なくないと考えられるが,進修幼稚園はそもそも原告政宗らが担当していた幼稚園ではないし,解約幼稚園以外にも同原告らが担当していた幼稚園は多数存したのであるから,被告ジャクパがいうように指導者の獲得が顧客幼稚園の獲得に直結するものとまでは認められないし,もともと,そのような信頼関係は,主として担当指導者の有する技術,知識,熱意等従業員側の属人的要素によって形成されるものであり,使用者側が本来固有する利益とはいえないのであって,指導職にある従業員が流出することによって,被告ジャクパと顧客幼稚園との委託契約の維特等に多少の影響が及んだとしても,それをもって直ちに違法とすることはできない。

したがって,すでに被告ジャクパを退職していた被告石井が,被告ジャクパと競合する新規事業を計画し,その遂行に必要な従業員を確保し契約園を募るなどした結果,被告ジャクパの従業員の一部がこれに応じて被告ジャクパを退職し,被告ジャクパが受託していた幼稚園の一部が被告ジャクパとの契約を解消したとしても,そのような被告石井の競業行為やこれに呼応した従業員の行為が当然に被告ジャクパに対する背任行為等として不法行為となるものではない。

もっとも,原告上原,同松本,同髙橋,同高畑及び被告吉中は,被告ジャクパに対し,退職後担当園の指導を行わない旨の誓約書を提出しているから,同人らが被告イーデスに雇用されて解約幼稚園で体育指導等をしていることはこの合意違反に該当し,それゆえに違法性を帯びると解する余地がないではない。

しかし,同業他社への転職を予定して退職する労働者が,転職の妨害等を懸念して虚偽の退職理由を申告することは理解できないことではないし,右誓約書は,原告上原らが被告ジャクパから同業他社への転職を疑われるなかで,被告ジャクパ代表者らから個別に呼び出され退職理由等を追及されて,あらかじめ被告ジャクパが文面を印刷するなどして用意していた書面に署名するという方法で提出させられたものであり,しかも,被告ジャクパの代表者自身,陳述書(〈証拠略〉)や本人尋問で,原告上原らが虚偽の誓約をしているしている(ママ)と思ったなどと述べているのであって,これらの諸事情に労使間の優劣関係を併せ考えれば,右誓約書は原告上原らが提出を拒絶しがたい状況の中で,意思に反して作成提出させられたものというべきであり,任意の合意といえるかには多大な疑問があるのみならず,誓約内容も,原告上原らが指導を担当していた幼稚園等すべてにおいて,期限を限定することもなく,他に雇用されて指導することまで制限するものであって合理性を有するものとも認められない。したがって,かかる誓約書による合意に原告上原らの退職後の職業選択の自由を制約する効力を認めることはできず,不法行為責任が問われている本件においても,右合意に違反したことをもって,不法行為に該当するとか,違法性を強める事情などとすることはできない。

(三) そこで,被告石井の行っていた従業員勧誘や営業活動,また,これに応じて,被告イーデスの従業員として解約幼稚園で体育指導等に従事している原告上原らの行為が社会的相当性を逸脱するほど違法性の高いものであるかについてであるが,この点では,確かに,同時期に多数の指導職退職者が出ており,そのほとんどが被告イーデスに就職していること,退職意思を表明していた原告上原らが,事実に反し一様に退職理由は同業者への転職とはしていなかったこと,原告上原らの退職意思表明時期に近接して多数の幼稚園から委託契約の更新許(ママ)否がなされていること,解約幼稚園はいずれも相当長期にわたって被告ジャクパとの契約を継続してきた園であること,しかもその多くは原告政宗ら退職者が体育指導を担当していたこと,原告政宗らが労働組合を結成した時期があたかも被告ジャクパが退職者や契約更新許(ママ)否の対応に負われている時期であったのみならず,その要求事項には退職者を支援する条項が含まれていたこと,原告西村が被告ジャクパに退職意思を表明する以前から同僚に退職をほのめかす発言をしていることなどを総合すると,被告石井を中心に原告政宗らも相互に意思疎通をし,被告ジャクパの大阪支部や岸和田支部での営業ができなくなることを認識しながら,あえて原告政宗らが同時期に被告ジャクパを退職するとともに,解約幼稚園等にも不当な働きかけを行うなどしてその奪取を画策したのではないかとの疑念が生じることはもっともなところである。

しかしながら,被告石井が原告上原ら被告ジャクパの従業員に対して行った勧誘や各幼稚園に対して行った被告イーデスとの契約締結に向けての働きかけについては,前記認定事実以上のものは認められない。これによれば,被告石井の勧誘方法というのは,原告上原らに新会社での条件等を提示して転職を持ちかけたというほどのものであったが,これに応じた原告上原らはもともと被告ジャクパの労働条件等に強い不満を有していたのであり,これに被告石井への人望も加わって,被告ジャクパからの退職者が続出することになったということは十分あり得ることである。

被告石井が各幼稚園等に対して行った働きかけについても,格別不当と評すべき手段を弄したなどの事実を認め得るような証拠はない。被告石井が既に内諾を得ていた原告上原らの新会社への転職を告げるなどしたことはあり得ないことではないが,そうであったとしても,顧客勧誘においていかなる役務を提供できるかの説明は当然なすべきことであるから,いかなる指導者が存するかを述べる程度の働きかけが著しく不当なものとはいえない。解約幼稚園のうち,進修幼稚園や阿部野学園幼稚園は被告石井自身またはその身内が関係していたりし,菅原天満幼稚園は阿部野学園幼稚園との親密な関係があり,せいか(ママ)幼稚園は被告石井への個人的信頼が厚かったのであって,これらの幼稚園が被告石井との個人的なつながりなどから被告石井が計画している新会社との契約締結を前提に被告ジャクパとの契約を解消することになったということもまた十分考えられることである。海星幼稚園や岸和田いずみ幼稚園は,被告ジャクパとの契約解消時点で翌年度以降の契約業者は未定というものであったから,右契約解消が被告石井の営業活動と因果関係があったとも認められない。

原告上原らが退職意思表明時,一様に真実の退職理由を秘匿した点は,同時退職の意思疎通があったことを疑わせるし,原告政宗及び同西村らが労働組合を組織して退職者を支援する要求をしたり,原告西村が同僚に退職意思を漏らしたりしたことも,あるいは,同原告らが,被告ジャクパに退職意思を表明するより相当以前から被告石井と連絡をとって新会社への転職を予定していたのではないかと疑わせるものではあるが,そうであったとしても,同原告ら自身が他の従業員に強く進めてイーデスへの転職を決意させたり,解約幼稚園に自らの転職を積極的に吹聴するなどして被告ジャクパとの委託契約解消にかかわるなどした事実は認められないのであって,競業会社への転職を意図し,またその点についての相互の意思疎通があったというだけでは,何ら違法ということはできない。

以上によれば,被告石井が,被告ジャクパの従業員に対して転職の勧誘行為を行っていたことや解約幼稚園に対して新会社との契約締結への働きかけを行っていたことは認められるが,その手段,態様において社会的相当性を逸脱するほど著しく不当なものであったとは認められず,したがって,それらが被告ジャクパに対する不法行為に該当するということはできない。原告上原らが,被告石井の勧誘に応じて転職を決意するなどしたことや原告政宗,同西村らが労働組合を結成して退職者を支援する要求をしたりしたことも,それを違法とは目し得ないし,被告石井の行為が不法行為とならない以上,これに呼応したことが,共謀による不法行為に該当する余地もない。

(四) 被告石井らの行為が不法行為に該当しない以上,被告吉岡がこれに加担していたとしても,それが不法行為に該当する余地はないし,被告イーデスが使用者責任を問われなければならない理由はない。

(五) 被告吉中に不法行為責任が認められない以上,被告輝義及び被告森谷の損害賠償責任が生じる余地もない。

(六) よって,被告石井らに対し損害賠償の支払を求める被告ジャクパの請求はその余の点について判断するまでもなく全部理由がない。

二  争点2(原告政宗らの退職金請求権)について

1  前提事実及び前記一の1に認定した事実によって判断する。

(一) 原告政宗らが,平成11年3月31日に退職したこと,自己都合で退職した場合に支給される原告政宗らの退職金及び指導職の原告上原らに支給される年度末退職加給金の額には当事者間に争いがない。

(二) 年度末退職加給金の支給は,前年12月25日までに申し出ることが要件とされているところ(退職金規程11条),その方式等は何ら定められていない。

弁論の全趣旨によれば原告上原,同松本,同髙橋,同高畑が,退職願を提出したのは平成11年1月になってからであると認められるものの,前記認定のとおり,同原告らは平成10年の11月ころまでになされた志望調査で,翌3月31日で退職する意思を表明し,以後,被告ジャクパも同原告らが右同日で退職するものとして取り扱ってきていることが認められるから,同原告らは右支給要件を満たしているものと認められる。

(三) 原告西村は,同原告の退職金額を会社都合で算定すべきであると主張する。

しかしながら,前記認定のとおり,同原告の陳述等によっても,同原告が退職を決意したのは,かねてから被告ジャクパでの労働条件に不満があったことと東京本部への転勤の連絡を受けて,これに従えないとの理由からであったというものであり,専ら同原告の個人的理由によるものであって,その退職は自己都合によるものと解すべきである。

したがって,会社都合で算定した退職金額の支給を求める同原告の請求はその限りで理由がない。

(四) 被告ジャクパは,原告らが,被告石井と共謀して,平成11年4月から被告イーデスの社員としてその体育指導業務を開始するなどの不法行為をした点で就業規則56条2項3号(「背任行為」),59条9号に該当しており,同社の退職金規程4条2号の退職金不支給事由に該当すると主張するほか,原告西村及び同松本が,田代に対する引き抜き工作を行ったことは同規程8条2項後段の不支給事由にも該当すると主張する。

しかしながら,原告らが被告ジャクパを退職して被告イーデスに就職したこと,被告イーデスの従業員として解約幼稚園の体育指導等に従事していること,原告政宗及び同西村が労働組合を組織して退職者を支援する要求をしたことなどはいずれも不法行為に該当するものでないのみならず,それ自体としても違法とはいえないことは既に説示したとおりであり,これらが懲戒解雇を相当とする背任行為に該当するものとも認められない。

また,退職金規程8条2号が規定する「在職中に同種営業を企画活動した者」とは,自らが主体となって競業行為を推進し,その活動に従事した者を指すと解されるが,原告らが,被告ジャクパ在職中にかかる活動をしたと認めるに足る証拠はない。また,同条同号にいう「他への就職活動をした者」についても,在職中の転職活動を一律に退職金不支給事由とすることは著しく退職の自由を制限するものであって,到底合理的な制約と解されないし,文言からしても「不当な手段をもって,会社の利益に反して」という限定がかかるものと解すべきである。しかるに,前記認定のとおり,原告らが,被告ジャクパ在職中に被告石井の勧誘に応じるなどして新会社への転職を決意したとの事実は認められるが,それ以上に右転職にあたって,格別不当と目すべき手段を弄するなどした事実は認められない。

よって,原告らに右不支給事由があるとは認められない。

また,原告西村及び同松本が,田代に対する引き抜きを行ったとは認められないことも前記のとおりである(仮に,原告西村らが田代に対し,被告石井の新会社への転職を勧誘した事実があるとしても,田代は結局これを拒否しているのであるから「引き抜きをなした場合」に該当しないことは明らかである)。

(五) ところで,被告ジャクパの退職金規程8条2項前段は,同業他社に転職するなどした社員の退職金減額支給を規定しており,制裁措置である点では4条と同種の規程というべきであるのみならず,被告ジャクパは,原告らの行為が不法行為に該当すると主張する際の根拠として右8条2項前段を援用しているのであるから,退職金不支給事由としても同条同号への該当を当然に主張する趣旨であると解される。

そして,同条同号は,区域,期間を限定し,同業他社への転職,同様の営業をした者等に支給すべき退職金及び年度末退職加給金を一般の自己都合退職の場合の2分の1とするのであるが,前記のとおり,指導者の獲得と顧客幼稚園の獲得とが直結しているとまでは認められないとしても,指導者の流出が顧客幼稚園との体育指導等の委託契約の維持等に影響する部分が少なくないと考えられること,右の程度の不利益を課したとしても労働者の転職の自由を著しく制限することになるとはいえないと考えられること,本来退職金が功労報償的性格をも併せ有することなどに鑑みるときは,右規程が合理性のない措置であり,無効であるとすることはできない。

原告らは,いずれも被告ジャクパ退職後引き続き同じ地域で営業する被告イーデスに就職し指導職として解約幼稚園での体育指導業務等に従事しているのであり,かかる行為が退職金規程8条2項前段に該当することは明か(ママ)である。そうすると,原告らの退職金及び年度末退職加給金は,一般の自己都合退職の場合の2分の1しか発生していないというべきである。

2  以上によれば,原告らの退職金等の請求は,原告政宗が退職金163万6250円,原告西村が退職金150万8750円,原告上原が退職金及び年度末退職加給金68万7000円,原告松本が退職金及び年度末退職加給金48万0500円,原告髙橋が退職金及び年度末退職加給金30万7000円,原告高畑が退職金及び年度末退職加給金21万1000円とこれらに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが,その余は理由がない。

三  争点3(被告石井の退職金返還義務)について

1  前提事実及び前記一の1に認定した事実によって判断する。

(一) 被告石井が,被告ジャクパから退職金420万円及び功労金50万円の支給を受けたことは,当事者間に争いがない。

(二) 被告ジャクパは,被告石井が,被告ジャクパの従業員の引き抜きをしており,退職金規程8条2項後段の退職金不支給事由に該当すると主張する。

しかしながら,まず,功労金については退職金規程8条は何ら不支給や返還義務等を規定していないから,仮に被告石井の被告ジャクパ退職後の行為のうち,同規程に抵触する部分があったとしても,在職中の貢献に対して支給された功労金が不当利得となるものではない(功労金は退職金規程12条の役職功労加給金として支給されたものと考えられるが,これについて返還義務等を定めた規程は退職金規程中にはない)。

また,被告ジャクパでは,退職金規程において退職金の支給や支給基準を明定しており,かかる場合の退職金は,功労報償的性格を併せ有するとしても基本的には賃金の後払いと認めるべきであって,退職後の行為を理由に退職金を全額不支給とする規程が有効とされるためには,不支給事由とされる行為の違法性が顕著であるなど高度の合理性が認められる場合に限定されるというべきである。かかる観点から検討すると,右退職金規程8条2項後段は退職金全額不支給の事由として単に「従業員の引き抜きをした場合」と規定するのみであって,「従業員の引き抜き」がいかなる行為まで含むかは必ずしも明らかではないし,労働者は,雇用契約終了後においては,もとの使用者との競業行為であろうとも原則的にはこれを自由に行いうると解されること,社会的相当性を逸脱するような手段によるものでない限り,もとの使用者に雇用されている者に対して転職を勧誘することも違法とは認められないことなどに照らすと右規程の有効性には多分に疑問があり,少なくとも,社会的相当性を著しく逸脱するとは認められないような転職の勧誘は右「引き抜き」に該当するものではないと解すべきである。

被告石井は,被告ジャクパ退職後,原告上原らに対する転職の勧誘を行っていたが,これが著しく社会的相当性を逸脱するものとまでは認められないものであることは既に述べたとおりである。したがって,被告石井の勧誘行為が右退職金規程8条2項後段の退職金不支給事由に該当するとは認められない。

(三) ところで,被告ジャクパの退職金規程8条2項前段は退職金減額を規定しているが,これは同条同項後段と同種の制裁規程であり,被告ジャクパは,全額不支給事由への該当が認められない場合には同条同項前段への該当を当然に主張する趣旨であると解される。

前記のとおり,同条同項前段の規程を無効とすることはできない。

そして,被告石井が,被告ジャクパ退職後未だ1年を経過しない平成10年10月ころから解約幼稚園を含む大阪近郊の幼稚園等に新会社との委託契約締結を依頼していたこと,これが営業活動そのものというべきであることは既に述べたとおりであり,かかる行為が退職金規程8条2項前段に該当することは明か(ママ)である。

そうすると,被告石井の退職金は,一般の自己都合退職の場合の2分の1に減額され,支給された退職金全額を保有し続ける法律上の原因が消滅したことによって退職金の2分の1相当額は不当利得になるというべきである。しかも,これについて被告石井は悪意と認められるから受益の時からの利息を付して返還すべきである。

2  以上によれば,被告石井に対し退職金の返還を求める被告ジャクパの請求は210万円及びこれに対する利息の支払を求める限度で理由があるが,その余は理由がない。

(裁判官 松尾嘉倫)

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